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加工肉の発がん性が話題になっているが、脱アミノの話をしよう

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加工肉の発がん性が話題になっています。
結論から言うと、何十年に渡って、何グラム以上食べ続ける影響なんて人間じゃ証明できません。
今までの患者のデータから傾向が見えると統計的に言うのみです。
人体実験なんかできないですもんね。
放射線の影響なんかも一緒ですね。




ところで、加工肉には、亜硝酸ナトリウムという物質が入っています。
塩析のためだったり、微生物の殺菌のためだったり、発色のためだったり。
亜硝酸ナトリウム - Wikipedia



この亜硝酸ナトリウム、というか亜硝酸塩はですね、DNA に障害を起こすことが知られています。


一応 DNA の説明。
知っている方は読み飛ばしてください。
DNA は化学物質ですが、遺伝子の情報を保持した物質です。
DNA を構成しているアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C) という 4 種類の、塩基というものの並び順に意味があって、この配列で遺伝情報を保持しています。
なので、この配列を書き換えちゃうと、いろいろと不都合が起きたり起きなかったりするわけですが、
「ここの遺伝子の情報が書き変わるとがんになっちゃうよ!」ってごく狭い限られた場所が運悪く変異してしまうと、がんになります。





で、亜硝酸塩はこんな、順番がとても大事な塩基というものを、別の塩基に変えてしまう働きがあります。




図はWikipediaから拝借。
f:id:chinu48cm:20151102184200j:plain


見てもらうとわかる通り、シトシンには 4 位 (図では上のところ) にアミノ基があります。
亜硝酸塩はこのアミノ基に作用して、O に変えちゃう働きがあるのです。
これを脱アミノと言います。
アミノ基を O に変えられたシトシンはどうなると思いますか?
ウラシルに変わっちゃうのがわかりますね!


それから、DNAの中の塩基は所々、メチル化された状態になっています。
新旧鎖の区別だったり、制限酵素からの保護だったり、いろいろな役割があります。
シトシンはよく、5 位がメチル化されて、5-メチルシトシンの状態になっているのですが、こいつも亜硝酸塩で脱アミノするとどうなると思いますか?
なんとチミンに変わっちゃいます!!







どうでしょう、ハムなんか食べたら一発でがんになりそうな気がしませんか?
でもご心配なく。
DNA は障害が起きてもちゃんと修復されます!


そう言えば日本人受賞に隠れがちですが、今年のノーベル化学賞は DNA 修復系でしたよ!!




さて、ウラシルになってしまったものを治すのは塩基除去修復です。
有名なものは UDG (ウラシル DNAのグリコシラーゼ) ですね。
Uracil-DNA glycosylase - Wikipedia, the free encyclopedia
ウラシルになった塩基だけをプチっとちぎる酵素です。
その後すぐさま問題ない塩基を埋めたり、けっこう周辺も作り直したり、で修復します。




次、チミンに変わっちゃったものを治すので、面白いものは vsr というやつ。
これはミスマッチ修復です。
Very short patch repair - Wikipedia, the free encyclopedia

シトシンは常にグアニン向かい合わせ、というルールが DNA にはあるのですが、シトシンがチミンに変わっちゃうと一時的にこのルールが崩れます。
そこで、グアニンとチミンが向き合ってるミスマッチ見つけて、治す酵素です。

豆知識をいうとこの vsr、ゲノム上ではシトシンをメチル化する酵素のすぐそばにあるんですね。
5-メチルシトシンが危ないって、生き物が知ってるかのようです。







いやーいろいろあるのですね。





なので、亜硝酸塩の影響の話に限って言えば、ハムを食べたからってすぐさまがんになんかなりません。
ヒトの DNA というのは日光に当たれば障害が入ります。
昆布を見つめても、息しても、障害起きまくりです。


しかし、今まで生きてきてなんともないというのが、何よりみんな体の DNA 修復が働いている証拠です。
なので加工肉の発がん性がどうこう、って話と、今回の脱アミノの話は決して結びつくものではありません。と思います。
もちろん、修復が追いつかないくらい食べたら、がんになるかもですけどね!
どんだけ膨大な量かわかりません。


確実なハムの影響の話をしたいとしても、人間だと長期間の様々な影響を排除しきれないので、証明は非常に困難です。
人体実験ができれば別ですけどね。
被験者 A は最小栄養のゼリーのみ、被験者 B は最小栄養のゼリー+ハム、で 30 年生かして結果を見る、とかしない限り証明は無理です。
なので、これは生物学者というより統計学者の仕事かもしれませんね。
実際今回の報告も統計的な観点から言われました。


とりあえず、ノーベル化学賞とハムの話で、何にも関係ない話をしました!